コンプレッサーを解説する際、だいたい上のような図とともに「アタックタイムとは、信号のレベルがスレッショルドを超えてから
圧縮が始まるまでの時間」と書かれていることが多いですよね。ずっと自分でもそういうものだと思っていました。
しかし何年か前に、「本当は、レシオで指定した
圧縮比になるまでの時間」という文を見かけ、「へぇ、そうなのか。でもそれを知ったからと言ってコンプの使い方が変わるわけでもないし、割とどうでもいいな…」と思いつつ、ちょっと気になったままだったので、今回調べてみることにしました。
製品によってアタックの動作が異なるかもしれないので色々なコンプを使い、ついでにリリース等も含めて比較してみました。
計測方法
- コンプの設定はスレッショルド-20dB、レシオ4:1、アタック20ms、リリース200msで、その他はデフォルト。
- 1kHzのサイン波で、-36dBで500ms→-12dBで500ms→-24dbで1,000msと音量が変化するテスト信号を作成。-12dBの部分でアタック、-24dBの部分でリリースを調べる
- 単純計算すると、-12dBの部分でスレッショルドを8dB超過して、それを1/4に圧縮するので、コンプがかかっているときのレベルは-20+2=-18dB(ゲインリダクションは6dB)になる?
- ついでに同じ設定のままドラムも通してみる(Superior Drummer 2.0の内蔵パターンを使用)
計測結果
画像の一番左がテスト信号の全体図で、アタマの-36dBの部分は少しだけ残してほぼカットしてあります。-24dB部分の200msの所に目印を入れました。真ん中がアタック部分を拡大したもので、-12dB部分に20msずつ線を入れました。
どちらも色の薄い部分が元の波形で、縦軸-12~-24dBの間を2dBずつ刻んであります。(青い線は-18dB)
右側がドラムで、他の2つとは縦軸のスケールが異なっています。加工前の波形を黄色で重ねてあります。
ドラムのサウンドとプラグインのスクリーンショットは下記で確認できます。
https://soundcloud.com/shindy/sets/compressor-plugins-comparison
Waves
Renaissance Compressor(以下、ルネコン)はマニュアルを見ると、「ソフトニーなのでスレッショルドより3dB下から圧縮されます」ということなので、スレッショルドは-17dBにしました。また、H-Compはインサートしたら音量が上がってしまったので、OUTPUTで4dB下げています。
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C1 |
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Renaissance Compressor (Electro) |
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Renaissance Compressor (Opto) |
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H-Comp |
どのプラグインのアタックも「よくある説明図」のようにガクッとはならず、ゆるやかに圧縮されていくことが分かりますね。ただ、拡大図を見るとカーブが80msあたりまで続いていて、20msの時点では半分くらいしか圧縮されていません。
リリースについては、C1とルネコンOptoのカーブがほとんど同じで、200msぴったりには終わらず、800msあたりまでゆるやかに続いています。ルネコンElectroは直線的で、250msあたりに終わっています。H-Compは途中から急激に戻るカーブで、150msには戻りきっています。
上の3つは、レベルが-24dBに落ちても少し音量が落ちています。また、C1のゲインリダクションが5.6dBで、H-Compも5.5dB位でした。(ルネコンはぴったり6dB!)
この辺はニーが関係しているのでしょうか・・・。
ルネコンはElectroとOptoを切り替えると、説明書通りリリースのカーブだけが変わることも確認できました。Optoの方は余韻が抑えられるので、アタックが強調された音になります。リリースが変化してアタック感が変わる、というのは興味深いところですね。
Presonus Studio One付属
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Compressor |
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Compressor (Adaptive) |
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Fat Channel |
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Fat Channel (Soft) |
どちらのプラグインも、デフォルトの状態だとアタックが4msほどそのまま通過した後に圧縮が始まっています。Fat Channelのリリースは独特なS字カーブですね。50ms時点ですでに半分ほど戻っています。
付属コンプのAdaptiveボタンは「アタックとリリースが自動的に変化してポンピングを防ぎます。アグレッシブさが減り、より滑らかなコンプレッションになります」というような説明文なんですが、ゲインリダクションにも変化がみられます。オフの時よりアグレッシブになっている気が…
その他
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elysia mpressor |
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elysia mpressor(Anti Logオン) |
mpressorのAnti Logは、説明書では「リリースのカーブを変化させる」と書いてありますが、時間が伸びているだけで形状自体はそんなに違いがないように見えます。あと、ゲインリダクションが少しだけ増えていますね。
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IK Multimedia T-RackS CS British Channel |
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IK Multimedia T-RackS CS British Channel(HARDオン) |
T-RackSのBritish ChannelはPresonus製のプラグイン同様、アタックが遅れて始まるタイプでした。逆にリリースはかなり短めです。この辺がSSLの特徴なのでしょうか。
HARDボタンは「検出方法をRMSからピークへ切り替え」です。
今回はスローアタックでの比較だったのでFAST ATTACKボタンはオフの状態ですが、参考までにオンにした状態も記録しておけばよかったですね。
参考:スレッショルドがないコンプレッサー(大量!)
スレッショルドがなく、InputやCompressionツマミ等でかかりを調整するタイプのプラグインです。アタック、リリースやレシオが固定だったり段階的にしか設定できないものもあり、なるべく20ms、200ms、4:1に近いものを選んでいます。
-36dBと-24dbでゲインリダクションが起こらずに、-12dBで5~6dBくらいのゲインリダクションになるようにパラメータを調整しました。これがなかなか上手くいかず、結構大変でした。
Waves
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VComp |
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PIE |
VCompはリリースが800msの割に長いですね。
PIEはアタックが固定で、かなり速いです。1ms以下でしょうか。
IK Multimedia T-RackS CS
グループバイのたびに参加していたら、いつの間にかこんなに増えていました。ギアクレジットもグループバイの時に買っていたので、コストはそんなにかかっていないです。
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Classic Compressor |
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Opto Compressor |
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Vintage Compressor 670(TIME CONSTANT:1) |
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Vintage Compressor 670(TIME CONSTANT:2) |
670の波形は「何かの間違いでは」と思ってしまいますが、ドラムだと波形も音も特におかしくはないです(つぶし過ぎではありますが)。
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Black 76 |
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White 2A(COMPRESS) |
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White 2A(LIMIT) |
White 2AはCOMPRESS側で諸々調整して、同じ設定のままLIMIT側の記録をとりました。説明書では「レシオが変わる」と書いてありますが、LIMITの方がゲインリダクションが少ないので、スレッショルドが上がっているようです。
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Bus Compressor |
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Precision Comp/Limiter |
PSPaudioware
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oldTimer |
oldTimer MEの方が細かく調整できるのですが、アタックとリリースのカーブが分かればいいと思ったのでこちらだけ調べました。
結論
- コンプレッサーのゲインリダクションは「アタックタイムが過ぎた後、唐突に始まる」わけではないので、「あの図」は正確ではない
概念を説明する際にはあれくらい極端な方が良いのかも知れませんが、アタックが丸々通過するような説明は明らかに誤解を生む表現ですよね(実際にそういうコンプレッサーもあるかも知れませんが)
ただ、冒頭に書いた通り、知ったところでコンプの使い方に影響が出るわけでもなく、何の役にも立たない知識です!
- アタックやリリースが同じ数値でも、機種によって動作がかなり異なる
こちらは感覚的に何となく察していましたが、今回検証してみてこんなに違いがあることが分かりました。雑誌などで「ベースならアタックは○○ms」のように書いてあってもそのまま使うのではなく、ちゃんと音を聴いて調整しなきゃいけないと、改めて心に刻んでおこうと思います。
調子に乗ってサンプルを作りまくったのはいいけど、画像を全部作るのに何日かかったことか…
今回は1kHzのサイン波でしたが、他の帯域だったりホワイトノイズだと変わったりするのか、新たな疑問も生まれます。
「どうせ役に立たない」、「数字じゃなくて出音がすべて」という、どちらも始める前から分かっていた結論になりましたが、確認の意味も含めてまとめてみました。
こういった、あまり語られないけど知っても得をしないことを思いついたら、また検証して公開しようかと思っています。
素晴らしい記事です!
返信削除とても参考になりました。ありがとうございました。
コンプの勉強中にアタックタイムについて定義がまちまちなのが気になっていたところこのページを発見して感動しました!
返信削除この数のコンプに関するデータはなかなかなく大変貴重な情報だと思います><
途中「単純計算すると~-18dBになる?」というところは当方計算してみましたところ-17.2dBなので、-18dBの線より若干上が理論値かなと思われます。
古い記事ですが疑問が解決してとてもスッキリしたのでコメントさせていただきました^^;
ありがとうございました!